ANDO MAGAZINE

沢山遊ぼう。

誰も傷つけたくない。だから、傷つきたくもない。どうにもならないことが多すぎる。どうでも良いことなら良いのに。

もう失いたくない。バンドも、友達も、恋人も、失いたくない。

なのに、それなのに、こんなにも悲しい。

こんなにも辛い。人生で1番頑張っている。認められなくても良い、否定されてもいい。自分だけ分かっていればいい。と言い聞かせている時点でかなり危うい。初めてトラックに飛び込みたいと思った。出来なかった。俺はこんな所で終わりたくないから。

まだステージに立ってない。話してない。

話したいことが沢山あるんだ。

明日も頑張ろう。根拠はないけど、死んではダメだ。今を生きて、生き抜いて、会いたい人がいる。

まるで曝け出したみたいだ

明日は長崎でめちゃくちゃワクワクする。松尾さんにも会えるし、このツアーも終わりに近づいていて寂しさと儚さを感じる。

バンドをやらないでいる自分にも少しずつ慣れてきてる。そういう自分も素直に認めていこうと思う。

穏やかに生きていたい。けれど俺の心は面倒で、折れやすく、いじけ易い。治そうというより、認めてあげて一歩進んでゆく気がする。

 

良い歌を明日も歌うつもりだ。

愛している、愛されている。

いつだって、愛してる。と、愛されている。のを忘れてはダメだ。

人を言葉で切り裂くのも、悪口を言うのも、自由だけれど。

その人はその人にとって大切な人を愛していて、また、愛されている。

 

no comment…

最近、人とうまく話せない。深く言うと、人と話すのが辛い。言葉にする前に、心がずっと重い。一言一言が心を通さずに口から出てくる感覚になっている。思い返せば2020年、バンドを活休した直後にも同じ症状が起きた。そこから一年中、うまく話せない状態が続いた。地獄みたいな日々だった。バイト先でも、家族とでも、親友でさえ、話すのが辛かった。シンプルに生きているのが辛かったんだと思う。バンドをやらない自分に対して、自分がキッカケで止めた事に対して、自責の念に押し潰されていた。

そして今、またバンドが活動休止した。2度目の困難にぶち当たっている。だから、苦しい。真剣に話すと、これからどうやって生きていけば良いか分からない。でも、ずっと苦しい訳じゃない。最低に今いるなら、そこより下は有り得ない。今はただこうやって文字にして、誰かに読んでもらいたかったんだと思う。面と向かって言うのは、その人を困らせてしまうしね。

ただ、死にたいなんて思わない。絶対に。俺にはやりたい事と、やらなくちゃいけない事がある。

今はただ、走っていたい。観客の居ないトラックレースだとして、自分の為だけに、走ってあげていたい。

三重の想いを飛び越えろ

偶に、とてつも無い絶望感に苛まれる。これは自身への苛立ちと捉えている。やりたいことを進み続けるには、労力と才能と信じる力が必要だ。そのどれか1つが唐突に消える度に感じるのだろう。"全て手放してしまえば"と。

しかし、それは余りにつまらない。余りに無責任。夢を追いかけるにも、責任が要る。

「責任」そう思うと重みが、のし掛かる。けれども、ある程度の苦悩を抱えながら進む事は悪いとは思わない。樹木の中心には年輪が有る。年輪は長い冬を越す度に、また一枚重なり、太く、強くなる。雨風や突風に雷と、ヒリヒリしながらも逞しく聳え立つ。それはまるで己の存在を証明するかの様に。堂々と生命を燃やし続けている。

 

ここで終わる訳にはいかない。

救われてるのは、

この間、静岡UMBERでLIVEした時の事。出番が終わって転換中にお客さんに声掛けられた。

「セトリ貰っても良いですか?」

「ゴメン!セトリは流通まで明かしたくないんだ!」

「…」

「(やべ…きまづい…ゴメン…」

「新曲、楽しみにしてます!」

「うぉ!ありがとう!」

確かこんな会話だった気がする。数日経って、今思い返す。めちゃくちゃ嬉しい。

昔の自分は、自分の事しか考えてなかった。"ああしなければ、こうしなければ"とか色々考えてた。その中でも、流通しなければ曲が報われないだとか。成仏しない、だとか。そんな事無い。

1人でも待ってくれる人が居るなら、もう自分の歌じゃない。人の歌になってるんだね。こんな大切な事、今まで気づかなかった。

奥貫が元気になったら、また会いに行きます。

ありがとう。ありがとね。

俺達、がんばるよ。